日本の業界がナポリのトラウザー「モーラ」を使い捨てる日は近い

ときどき思うことだが、トラウザーほど流行りに左右されるものは他にないと思う。ジャケットは時代によってシルエットが変わって行くけど、トラウザーは時代によってブランドや物自体が変わって行く。

少し前まではインコテックスにPT01、GTAのカーゴをすそ幅16cmで履いていた男が、今ではドヤ顔でモーラの2プリーツをベルトレスで履いているというわけ。

この、モーラというトラウザー工房。

ナポリで伝統的に続いてきた素晴らしいパンタロナイオ一族だけど、これを日本のファッション業界が使い捨てて価値を下げる日は近いと思う。

 

例えばレスパーデというブランドが流行っている。5万円ばかりでモーラのトラウザーが買えるわ、手縫感満載だわということでもてはやされた。

だけど実際には、モーラでも重要ではない職人や外注に頼って作られたトラウザーなのではないかと思う出来だったりする。

レスパーデの出来は決して悪くないけど、昔からモーラがサルトリアのために作っているトラウザーを見れば差は歴然。ボタンホールが荒いのは手縫いだからではなく、職人が熟練ではないから。

結局、コストを下げつつ

「殆ど手縫いである」

という事実が欲しいから職人のレベルを下げるのが今の業界のやり方だけど、これはモーラである必要があるのだろうか?

また、ポリウレタンのストレッチ生地をすそ幅17cmでモーラに縫わせたのは、日本人だけだと思うし、これは究極の恥だと思う。 

 

去年だったか、モーラでトラウザーを作っていたリングヂャケットナポリが、カサルヌォボの新興サルトリアに工房を変えた。仕立て賃は三分の二以下になるだろうから、同じ値段で売れればなかなか良いビジネスだ。

こうしてモーラは日に日に遠ざかって行く。

そして今、人々の目はアンブロージに向いている。五十嵐トラウザーズや尾作隼人に向いている。プレタポルテでは、ナポリであれば、ベルトレスであればどのメーカーでも構わなくなる。

 

日本の業界によってモーラが使い捨てられる日が近い、と感じるのはこういう理由からだ。