日本人に責任感とやる気がない理由 というかセンター試験やめたほうが良いのでは?

先日「古文・漢文」というか英語の記事を書いたけど、ついでにもっと大事なことについて書いておこうと思う。

それは、日本人に責任感とやる気がない理由。

これもまた大学受験や、日本の教育システムに問題があるからだ。

 

日本では普通高校に行くと、理系文系を選ばされるが、このシステムは一体誰が考えたのだろう。

センター試験では何科目も必要で、高校生たちは何冊も参考書やテキストをカバンに詰めて歩いている。

だけどそもそも人口の中で頭の良い人はそう多くない。僕だってそうだし、言ってしまえば科目が多すぎると思う。

文系に進む人でも一年生では化学や生物を勉強しなければならないし、数学IIまで勉強しなければならない。

それを克服するために山のように時間を使う。

だから日本人は馬鹿なのだ。

このシステムが悪い。

 

そして本題の責任感とやる気だけど、これもこのシステムに起因している。

日本ではやるべきことが決まっていて、自分が選ばなくても押し付けられる。自分でやりたいことを選べずに、嫌いなことをやらされれば、もちろんやる気はでない。

やる気がなければ成績は伸びないが、それはそれで許される。

海外では違う。

高校時から自分のやりたい科目を自分で選ぶ。その代わり自分で選んだからには、高い成績を残さなければ進級できない。

だから彼らは自分の得意分野、プロフェッションを必ず持っているし、それに責任感がある。

多くの日本人にはプロフェッションがない。

高校ではやりたくないことを勉強し、大学では単位を取るために授業を取るからだ。これでは一人一人がプロフェッションを持って、プライドを持って勉強するなど夢のまた夢。

 

だから今の教育システムが、無責任でやる気のない若者を作っている。

いやいや勉強し、何がしたいかわからないまま就職し、なんとなく仕事をこなして週末を目指して生活する。

もちろん詰め込まれた多科目の勉強は広く浅いので、全部忘れて何にも役に立たない。

なんてくだらないのだろう。

もし教育がこの詰め込みをやめて、高校からある程度好きなことを勉強させてくれれば、もし一流でなくても

「俺はこの分野なら誰にも負けない!」

というものが一つはできるはずだ。

そしてそれが仕事に生きるかもしれない。得意分野を伸ばすことを知る人は、自分に自信があるから責任感とやる気がある。

元素記号も日本史の年号も数学の公式もなんとなく覚えているがおぼろげな人と、元素記号など知ったことじゃないがウルドゥー語がペラペラの人、どちらが役に立つだろう。

 

日本には資源も、観光地も少ない。今までは

「脳みそ」

を使って外貨を稼いできた。それなのに今は全員が

「労働力」

になってしまっている。しかし労働力は賃金の安い外国人労働者に取って代わられるだろう。

こうして日本人は国を奪われる。

だが誰もが専門分野を持つようになったら、教育のない外国人に仕事を奪われにくくなるし、また脳みそを輸出できる日が来るかもしれない。

 

だからたくさんの科目を詰め込む教育を改めて欲しい。3つか4つの科目を選んで、それを深めていけるようにするのだ。

そしてこのくだらないセンター試験をやめてしまったらどうだろう。

例えば将来、狂犬病の治療薬を開発するかもしれない若者が、「古文・漢文」の単語暗記で貴重な時間を潰さなくて済むように。