Sartoria Attolini サルトリア アットリーニのジャケット

ナポリでは白髪の紳士たちが良い仕立てのジャケットを着ているのを良く見かける、皆無駄を削ぎ洗練されていて、とても粋でエレガントな装いをしている。

若かりし頃に仕立てであろうそのジャケット、年経て少し小さくなった身体にサイズが合わなくなっている人も居るが、その姿に侘寂と愛らしさを感じるのは僕が日本人だからだろうか。丁寧に着ているであろう事は容易に窺える。

一仕事終えた夕暮れ時のカフェテリア、偶然会った近所の初老の男性にその話をしてみた。彼は夕食に共に行く奥さんを待っているのだという。エスプレッソを片手にその男性はこのジャケットは30年前に初めて仕立てたもので、その時結婚前の奥さんが凄く褒めてくれたのだと嬉しそうにいう、少しサイズ直しをして今も奥さんとデートの時だけたまに着てると言っていた。素敵なチェックの寂れたジャケットだった。
奥さんと共に夕暮れの石畳の上を歩く後ろ姿は、それはそれはとても美しく快かった。

ふと自分が初めて買ったジャケットを思い出した。。。

今から20年前以上に買ったサルトリア アットリーニ(Sartoria Attolini)のジャケットだ。
とても気に入っていて、年に数回だけど今でも着ている。
ハイゴージ、ノッチドラペル、段返り3ボタン、美しいカッティング、バルカポケット、少しだけ丸みを帯びた2パッチポケット、マニカカミーチャ、袖口に向かい細く絞られた袖、4つ袖ボタンの重ね、ノーベントと、かのサルヴァトーレ モルツィエッロ(Salvatore Morziello)の弟子であるヴィンチェンツォ アットリーニ(Vincenzo Attolini)がロンドンハウスで創出したスタイルそのもので、どこか原風景のようなものさえ感じる。
素材はウールカシミア、余り覚えてないけど確か25万円位だったかな。それから何度かアットリーニでは買った事があった。

余談だがそのジャケットが凄く気に入っていたので、今から8年前位に再度オーダーしたんだけど、これまた残念、上がってきたものは全く違った。現物まで持っていったのにまるで雰囲気が違う。
もう既にその頃アットリーニのスミズーラは名ばかりのパターンオーダーで、工場の能力=職人の質が落ちていたのも確かだった。チェザーレ アットリーニ(Cesare Attolini)と名称が変わった頃、確か2004・5年位だったと思うけど一時経営危機で沈む船から多くの優秀な職人が降りてしまった。そのまま引退したものもいれば、他のサルトリアへ行ったもの、独立したものもいる。最近日本でもオーダー会をやってるアレッサンドロ グエッラ(Alessandro Guerra)なんかも独立した1人だ。

今のチェザレ アットリーニはほぼマシンメイド、ラペルの芯地だってミシン据付、これは着たときに固くなるし体への馴染みも悪い。この質で今の値段は高すぎると思う。ちなみにキートン(Kiton)も大差ない。サルトリアのスミズーラの仕立てを既製服へ落とし込み、ハンドとマシンを上手く融合させ最高の着心地を提供するというアットリーニの理念は失われてしまったかのように思う。その時以来アットリーニは買ってない。

服が増えた今、このジャケットの出番は年に数回程度だけど大切に着ていこうと思う。これより少し前に買った靴も未だに現役だ、ジョンロブのフィリップ、確かイタリアのボノーラが製作していた。エドワードグリーンのドーバー、共にも8万円位だったかな。今と比べると安いな。当時はルイジボレッリのシャツなんかも1.9万位だったかな。

今は日本でも色々と値上がりしてしまったけど、丁寧に扱えば長くもつし普遍性があり気に入ったものは買っても良いと思う。

僕はものを大切にしない人は好きじゃない。
それは過度に宝物のように扱うって意味ではない、過度に大切にする人はそれはそれで問題がある。逆にそういう人は実は人の事を大切にするが出来ない傾向にある。

年老いても奥さんとのデートに素敵な装いをするイタリア紳士の後ろ姿に、かくありたいものだと思った。。。