これは大切な事、ナポリに仕立てに来る日本人

僕も実際にたまに見かけたり来たという話を聞くけど、本当に馬鹿だと思う。

わざわざイタリアまで来る行為は執着しすぎで気持ちが悪い、愚昧だ。やめた方がいい。

それは普段の生活の中で自然にあるべき行為だからこそ意味がある訳だと思う。

それは行きつけのレストランへ行くように
行きつけのカフェテリアへ行くように
行きつけのバーへ行くように
行きつけの美容室へ行くように
行きつけの病院へ行くように
行きつけのジムへ行くように
行きつけのサルトリアへ行くように、、、
いっぱしの大人の男には当然全て必要だろう、日本ではショップや日本人サルトリアという事になるだろうか。

僕はイタリアの仕立てを愛しているし敬意もあるが、所詮は服は服。似合う似合わないは別として、これは人間としての精神性の問題で執着する事によって、それは洗練やエレガントや着こなすという事とはどんどんかけ離れて行き、コスプレ以下の行為となってしまう。
見た目という事に関わる事だからこそその気持ちの悪いフェティシズムに卑しさを感じる。それは自己顕示欲と相まって権威主義に向き、それを纏う事であたかも優越コンプレックスが満たされているかのような錯覚を起こしているのだろうけど、そういう人間はその言葉や所作から鼻を摘むような悪臭が漂う。

だからあまりあれこれ深い事は考えずにサラっと着ようよ、と思う。

先日サルトリアの友人との夕食時の一コマ
たまに日本人も来るのだと言う
友「なぁ、何で日本人は日本のサルトリアで仕立てないでわざわざナポリに来るんだ?日本には良いサルトリアがないのか?オレは彼の事を良く知らないし、日本へ行った事が無いし生活環境やその色合いさえ分からないから、彼にどんな服を仕立てるのがベストなのか分からないんだよ」
僕「ナポリの方が歴史や文化があるから良いサルトリアが多いのも確かだね、日本にも腕の良い職人は居るけど、一番は単純に日本人は舶来物や既に価値付けされてる高いものが好きなんだよ、昔から文化や価値を輸入に頼ってきたんだ」
「既製品もイタリアものの方が良く売れるよ」
友「それじゃいつまで経っても良くならないだろ」

サルトリアは、ただのブランド品ではない。
そのサルトリアが好きな人が、カフェに行くような感覚でサルトリアへ集まり雑談する事もある、社交場の一つでもある。良く仕立てに行った際に馴染みの客がふらりと遊びに来る、僕もふらりと顔を出しに行く事も多々ある、そして一緒に食事に行ったり友人になる事もある。

大切な事は一番初めに述べたように、それは普段の生活の中で自然にある事だと思う。

勿論色々試してみるのは大事だと思うし、流行りものが好きな女の子みたいな人も居ると思う。僕はどこか気心知れて落ち着けるショップやサルトリアに通う方が性に合う。

最近は日本に年通算で3ヵ月位はいるから、どこか自分に合うショップや日本人サルトリアを探してみようと思う。
僕はイタリアのものは現地で誂えるから目的は違うけど、例えばイタリアのサルトリアのトランクショーや商品など扱ってるお店なら、その理念や雰囲気や空気感を大事にしていたりする事が良いお店である事も判断する重要な目安なのかと思う。それが好きなプロフェッショナルがいる事や素直に相談できる事も大事だろうな、フィッティング能力は非常に重要だしね。きちんと客の事を考えて付き合ってるとこなら、押し売りもしないだろうし似合う似合わないとか逆の立場に立って考えて、はっきり言ってくれるだろうしね。後悔させない為の努力は大切だろう。

そして客もその店を大切にする事が重要だろう、いわゆる愛されるお店ってヤツだ。

日本的な表現をすれば質や価格やセンスに信頼がおけ長くパートナーシップが築けるショップやサルトリアって事になるかな。

小一時間リラックスして過ごせるお店、僕は喫煙者だからその辺も考慮してくれてるところがいいな。
そんな店はどこかにないかな。。。