Sartoria Ciardi サルトリア チャルディについて

以前にも少し触れた事があるがサルトリア チャルディは僕にとって非常に思い出深いサルトリアの1つでもある。
20年以上前まだ若造だったときに祖父に紹介され一番初めにスミズーラしたサルトリアがここだ、それ以来の付き合いた。ナポリの友人の弁護士がサルトリアチャルディから徒歩5分くらいの建物に住んでいたので、彼と一緒に遊びに行っていた、もう名前も覚えてないが彼の知人で公証人の紳士もたまに同行していた。

チャルディの服はナポリ仕立ての正統派なクラシックな服、王侯貴族や政財界などの富裕層や高い素養や職種の俗に言う一流の紳士達に好まれる理由も良く分かる格式高い服だ、彼らが集うようなフォーマルな場でも際立つエレガンスがある。そんな彼らが自然に身に纏う事ができる服、かと言ってそうでない人が来ても違和感なく着られるたり、あらゆるシーンで活用できる上品さがある。
まさにクラシックで素養と芯のある紳士の為の服といった感じだろう。
クラッシクで構築的なコンケープショルダーや男らしい胸周り、切れ長で深めで美しいフロントカット、雑味の無い都会的でスマートなエレガンスが好きだ、後姿も美しくエレガントだ。肩周りも非常に柔らかく軽い着心地で、合物辺りだとその魅力が十二分に発揮される。
シングルのコートなんかも非常に美しくエレガントだ。

優しく包み込まれるような着心地と周囲との調和感は、誰にでも愛されたレナートそのものような雰囲気だ。
週に1度位はチャルディの服に袖を通している。

レナート チャルディ(Renato Ciardi)はアンジェロ ブラージ(Angelo Brasi)の下でその技術を学び、その後ローマで更にそのセンスに磨きをかけ、1955年にサルトリア チャルディを創業した。どの部分をとっても非常に高度な技術と丁寧な仕立てをする。レナートは仕立て以外にも様々な事への造詣も深く、ユーモラスで知的で優しい人柄でいつも長話をしていたな。1985年には息子のヴィンチェンツォ(Vincenzo)とロベルト(Roberto)もサルトの道へ入りサルトリア チャルディを支えていた。変に着色やデフォルメしたり、多くのサルトリアが他との差別化というかアイデンティティーを示す為にするような事はせず、ただ良いものを、ただ普遍的な紳士の服とはと考えられた服だ。大体そうやって色気を出した服は5.60を過ぎると着れなくなってくるものも多いというか、服の若さが勝ってしまう感覚があるがチャルディの仕立てる服はジャストで仕上げたとしてもきちんとその人と調和される。

昨年2017年4月、急逝した知らせを出先ロンドンで聞いたときには僕も泣きそうだった。
レナートとの思い出は沢山ある、たまに食事なんかも連れて行ってもらってたし、エンツォとロベルトもいた事からレナートをパパと呼んでいた。
ちなみに愛車は古い日産車で、今はエンツォがその車を受け継いで乗っていて先日久々に乗せて貰ったのだが、パパの事を思い出して少し感傷に浸ってしまった。。。
関係ないがアラン ムラーリーやラリー ペイジやウォーレン バフェット辺りの愛車も日本車だ。

実際僕の周囲や仕立て服が好きなナポリ現地の人の中でも、フォルモーサ、チャルディ、パニコ辺りは別格と捉える人が多い。確かに英国からの歴史やナポリ仕立ての正当な流れを体現する数少ないサルトリアと言えるだろう。
特にチャルディはその気が濃い、サルトリアを見れば分かるがサヴィル ロウの名門テーラーを訪れた時と同じような印象を受ける、その荘厳な雰囲気はナポリでは珍しい。彼らもその格というか背負った歴史の重みや渡されたバトンの重要性を理解している、話をすればその言葉の節々に自分のサルトリアだけではなく、ナポリとその伝統や文化である仕立て服について常に考えている事も良く分かる。
サルトリア フォルモーサ(Sartoria Formosa)もマリオ在りし日は幾度となく足を運んだサルトリア、その時はここがナポリ1という人も多かった。今はサルトリアをビジネスと考える2代目ジェンナーロになり大分変わってしまったが。フォルモーサについてはまた今度。
ロンドンハウス(London House)はもうアットリーニやキートンのような高級ブランドになってしまったし、軽率な若旦那のHello everyoneビデオをどうも受け付けない人も多いようだ。

やはりマエストロが偉大であればある程に高度な水準をそのまま引き継いで行くのは非常に困難を極めるのだろう。チャルディに関しては僕はその点は大丈夫だと思っていた、昔から実子のエンツォとロベルトもレナートの下で手厳しく指導を受けていたし、熟練職人たちもそのまま居るしその下も育ちつつある、その辺りを昔から見ていた。世界を飛び回りながら工房では朝から晩まで働くエンツォも腕は非常に良い、顔は少し強面だが、その内面はパパと似てていて知的で優しく大らかだ。
日本の話なんかをした時には匠という店の事を良く覚えいたな、匠は昔あった静岡のセレクトショップだ。やはり情熱を持ちきちんと関係性を気付いたりお互いをリスペクトし合ったような店や人はまた格別な思いもあるのだろう。パニコなんかもそうだ、日本の店の話をした時に出るのはバセットウォーカーだけだ、アローズ・ビームス・リングの話は振ってもそんな事もあったな程度だ。そういった思い入れのある店とそうじゃない店では、出来上がりには差があるのは確かだ。勿論その他を手を抜く訳でもないだろうが人の心としては仕方の無い事だ。
匠もバセットウォーカーも残念ながら今はもうない、確かに置いてあるものは癖というかアクは強かったが僕は好きだった。

チャルディは今は日本だと三越とプロフェソーレ ランバルディでオーダーをやっていて、少し前に工房へ行った際にはそこのオーダーの製作中や完成品の服が掛かっていた。匠にしてもなんでまた静岡なんだろうかと思うが。実際日本では無名なサルトリアでランバルディ知っているかと聞かれたこともある。色々な所でたまに日本人が来た話を聞くが特段好意的な感じではない、〇〇ってとこが来たがどうなんだとかこんな話をされたがどう思うとか少し話を聞いて写真だけ撮って帰っただけだけどとかって具合だ。聞く限りここには割と好印象を持っているようだ、中々珍しい事だが多分現地にちゃんと足を運んでいるのだろう。ま、店主は経験が多いわけではなさそうだしバイヤーとしては良くてもフィッターとしてはどうなのだろうか。どの程度フィッティングできるか知らないがそれもトランクショーなら関係ないか。
三越の方のチャルディは日本橋の富裕層を狙った高級なだけのスーツとして扱われている感じがある。中身がどんなものでもコンベア式縫製工場で作られるスーツを着ている金持ちの顧客がイタリア人に採寸されればいい気分になるのは当然だろう。
前にも書いたが僕は新宿伊勢丹メンズ館の靴売り場は利用するし本館のデパ地下も日本の家からそれほど遠くないこともあってよく利用する。だかことメンズアパレルになると疑問を持たざるを得ない。巨大な箱と人件費を補うための費用を本来あらゆる分野と比べてもビジネスとして扱うのが難しいサルトリアのスーツで補おうとすればどこかでつじつまが合わなくなるのは当然だ、最初からやめればいいのにと思う。
あのバイヤー達も明治時代の産物である百貨店という業態を捨てればもっとまともなラインナップを作れるかもしれない、百貨店の業態とハンドメイドの仕立て服という大きなミスマッチが商品の質を下げているのだろう。

日本で売られているチャルディについては思うことが色々あるのでまた書くつもりだ、とはいえチャルディはレナート本人も日本人のような体型だったし、日本人の体型にも非常に良く合うので下手に変なサルトリアに行くくらいならここで作るのはオススメだと思う。
先日後日談として生地の事を書いたが、その友人も海外トランクショーのサルトリアはチャルディに行くそうだ、少し安心だ。

偉大なマエストロ、レナート チャルディ、彼の心や技術は確実に2人の息子に引き継がれている、そしてそれを大切にしながら更に良いものにしようと努力している、このサルトリアはきちんと時代を生きている尊き価値がある。