最近着ているシャツについて(個人的なナポリシャツブランドの評価 2

今回日本に置いてあるシャツがもう古くなったので新しいものを日本置き用に持ってきたので書こうかと。もう5.6年は追加してなかったので前に持ってきたマトッツォやロンバルディやブジェッリなんかも中々のクタクタ具合だ、ま、シャツは消耗品なので仕方ないのだけれども。

今回持ってきたのは3つのカミチェリアのものだ。

マリネッラ(E.Marinella)があるヴィットーリオ広場から1本入ったところにアガッル(AGALL camicie su misura)というカミチェリアがある、僕もたまに行ってまとめて数枚ずつスミズーラしているがここは安くて中々良い。
特別な生地を選ばなければ1枚80ユーロ位で出来るし、袖付けなどハンドで、別に過剰というかこれ見よがしのハンドを打ち出してる訳ではないが現地ナポリ人なんかにも人気だ。僕はカジュアルやラフな感じの時に着る。カルロリーバ(CARLO RIVA)なんかの高いブランド生地もちょっと置いてあるが、それでも他のカミチェリアよりよほど安いだろうな。
ボタンダウンなんかは結構格好良くて人気だ、場所も一本外れているし穴蔵のような小さいカミチェリアだが気さくで地元密着型の良い店だ。

以前にも少し触れたが僕が普段良く着ているシャツはピッコロ(Piccolo)のものが多い。このピッコロは銭ゲバのサルバトーレ ピッコロ(Salvatore Piccolo)とは別人、あのシャツが日本で3万円とかで売られているのが信じられないが。。。こっちはキアイア通りにあって、歩いていれば誰でも見つけられるカミチェリアだ。
そこの生真面目な若手職人に良く頼んでる、彼は英語も流暢だしちょっと神経質な感じだけど中々のイケメンだ。ここもこれ見よがし感は抑えていて非常に綺麗で着やすいシャツだ。勿論フルハンドだが、特別それを押している感じじゃないな。同じ生地でトランクスも作ってくれるが頼んだことはない。腕も非常に良いし、急かすと2、3日後の仮縫いもやってくれたりする。
ちなみに近所にサルトリア キアイア(Sartoria Chiaia)がありパンツだけ作った事がある、親子でやってるのだけど父親の方は非常に腕が良いし履きやすいパンツを作る。息子の方は貴族の若旦那と仲良く話してる事が多いな。でも掛かっていたスミズーラのダブルのコートは非常に素敵だった。

後は前にも書いたピッチリーロ(Piccirillo)のシャツも多い。ここも勿論フルハンドで非常に腕が良く端正な作りで着やすいシャツで、日本でも最近売れているようだ。ノータイに良く合う襟型がありそれがお気に入りだ、袖付けなどもかなり巧く美しくてマトッツォやカリエンドのシャツの系統。数年前あるサルトリアを見に行った帰りにフラっと立ち寄ったナポリ郊外のアルツァーノの小さなセレクトショップで既製シャツを見掛け中々の作りだったので、調べてみたら知っているところだったので驚いた、兄の仕立て屋ジャンニ ピッチリーロ(Gianni Piccirillo)は昔から知っていたし、弟のマウリツィオ(Maurizio)も会ったことがあったからだ。
ジャンニは非常に腕が良いし上記であげた今では銭ゲバサルバトーレ ピッコロに針の持ち方から教えた師匠でもある。ジャンニの方はまた今度。韓国でも少しやると言っていたな。シャツの方はこれから色々なところで取り扱いも増えていきそうだ。

サルトリアのシャツもかなり良い、フォルモーサ、チャルディ、カリエンドなど他にも色々な所で誂えた事があし、色々なカミチェリアでも仕立てた事があるのでまた今度それも個々に書こうかと。それともスーツやシャツやパンツも良いと持って作ったが、好み度外視でダメだった所でも書こうかな。ま、どうでも良い事か。

実は8月下旬から日本に居るのだけど、やっと涼しくなって来て良かった。というか到着して2~3日の日中は本当に暑かった、友達から言われたりニュースなどで災害レベルの猛暑と見て覚悟していたのだけれど東京の暑さは尋常ではなかった。日本置きに持ってきたシャツに厚手のツイルを何枚かいれてきてしまったのは失敗だった。あまり麻100のシャツは好きじゃないからどのシャツもコットンなら結局は着ていて暑い。
しかし今年の日本はシンガポールより暑かった、僕は日本に来る時は必ずシンガポール→日本というスケジュールで来る。シンガポールはその昔居住拠点の1つだったし今も法人はあるし、以前住んでいた僕のコンドには今は弟が住んでいるので弟と会う事も兼ねて行く、小生意気で可愛い甥姪にも会いたいしね。そして日本に来ると必ず行く場所が幾つかあったり必ず会う人がいる、友人だったり飯屋だったり色々だけど。

8月に帰ってくると必ず行く場所の1つは、靖国神社だ。
幼き日祖父に手を引かれ大きな鳥居をくぐったのを思い出す。。。
小学校の頃日本に来てから毎年行っている、歴史の授業で興味を持ち自分なりに色々調べたり母方の祖父母に色々話を聞いたりして現代日本人として行った方が良いと僕は思ったからだ、同じ都内だから大した労もないってのもある。勿論そんな事はただの価値観の問題だから個人の自由だけど、それで右左を脊髄反射的に感じさせる観念はどうかとも思う。新聞もテレビもその広告代理店も政党も、どこの国のサラリーマンだ。偏向報道も大概だ、くさい言い方にはなるが日本人が侍の心や誇りを取り戻したらどこの国が困るか、どこの国の旨味が減るか。少なくとも現EU諸国は余り気にしてないし寧ろ現状を何故だろうと思ってる人が多いのも確か。

その昔は終戦記念日の15日に行った事もあるが中々の混みようで、今はどうかは分からないがそれこそ靖国で会おうと友と約束した本物の軍服を着た老兵や、偶然再会した戦友と泣きながら抱き合っていた老人が居たのも覚えている。
勿論僕は太平洋戦争を体験していない、その戦争について記録からの感想を持つ事は出来るのだろうけど、それは実態からはかけ離れたものなのかも知れないし、別に太平洋戦争がどうこうだけで参拝しに行っている訳ではない。
靖国神社は1869年(明治2年)明治天皇の思し召しと大村益次郎により創建された東京招魂社が始まりで、現在までに祀られた御霊は約246万6千柱、それは幕末の1853年(嘉永6年)以降の明治維新、戊辰・西南・日清・日露・満洲事変・支那事変・大東亜戦争などの夜明けや国難に際し、ひたすら国安かれの一念の下に殉じ礎となった尊い命。それは鎌倉より長らく続いた幕府封建時代を終わらせる為、この国の近代化の為に戦いであり、今の日本の大きな礎、改革を祀る神社だ。勿論戦争で死んでいない人や民間人や外国人もかなりの数祀られている。
明治維新の先駆けてとなった坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・中岡慎太郎・橋本左内を始めとして、良く問題の対象となるA級戦犯たち、過去の戦争を肯定・美化するつもりないしする必要もないと思う。昔から世界中で戦争など幾らでもあったし他国がどうだったかとかも言っても仕方ない、今だって無茶苦茶な理由を付けてやってる。
日本をハメて原爆実験をしたルーズベルトやチャーチルやトルーマンや裏切ったスターリン個人に対してどうも思わない、所詮戦争はビジネスだが、その国の人は結局今も昔も大差なく同じような事をしているなと思う、勿論全員がという訳ではないが歴史的観点を踏まえるとその国の人との付き合い方が良く分かる、それは日本も同じかも知れないな。歴史や善悪は勝者が作るしそれこそ戦争をする意味だろう、ただその後アメリカにより刷込まれた傀儡奴隷の精神性はもう捨てた方が良いとは思う。

現代日本人は宗教や思想に対しては別に何とも思わないだろうから、仏に手を合わせようが十字を切ろうが良いのかも知れないが、ただここは日本人として手を合わせ何かを思う場所なのではないかと思う。

むせ返る暑さの午後、蝉の声と陽炎。
人は忘れやすい生き物、忘れる事で生きていける、だけど決して忘れてはいけない事もある。それが何かは人それぞれなのだろう。
電子の海に輪郭が解ける前に、僕はそういった簡単な事を再確認する為に毎年この時期に靖国神社へ来る。
多分儀式を愛するタイプなのだろう、尊きに心惹かれる。
日本人として灰になった人と灰の中から立ち上がった人を慮ると今こうしていられる事がとても幸せで仕方ない、全ては目の前にある。人生は人は儚いものなのだろうけど、何かを失ってからしか気付けないのは哀しすぎる、かけがえのないものはいつもこの手の中にある、するべき事も分かってる。

ま、僕はそんな感じで手を合わせている。そして日本人として近場の人には参拝して欲しい、と思ってる。
またシャツからずいぶん話が逸れてしまったな、まあいつものことか。。。