2年後、死ぬとしたら

昔からそう思って生きるようにしている。変に極端に考えている訳なくふとよぎらせる程度だが、例えば2年後に死ぬとしたらやり残した後悔が無いようにと言った具合だ。
死ぬ瞬間にアレをやっておけば良かったなんて思って死にたくはない、やりたい事は出来ているか、見たいものは見たか、友人との時間を楽しめたか、愛する人に惜しみない無償の愛情を注げているか、家族の未来の為にすべき事や慈しみ孝行は出来ているか、など上げればキリはないが、明日や数ヵ月と考えると極端になったりどうでも良くなったりするが、2年内と考えると割と大抵の事は具体的に現実化しその瞬間を大事にしたり楽しむ事が出来る。

実際に自らの死に直面したら全く違う事を思ったりしたりするのかも知れないけど。
しかし、やった後悔よりやらなかった後悔の方が尾を引く事が多いのだろうし、やらずに燻っていつまでも考えてるだけとか不毛過ぎる。勿論やって取り返しのつかないような事になり後悔してもしきれないなんて事もあるのだろうけど、そういった事は大概良く調べたり考えもせずやる事なんじゃないかなとも思う。本当にやりたい事や必要な事やものも良く分かる。幸い僕には今までそういった後悔をするような事はない、失うものなど大してない。
ちなみに僕は仕事というものには余り興味が無くて生活をする為やお金を稼ぐ為の手段としか思ってないしそういった部分でも顕示欲も自尊心も何もないので正直何でも良い、最小限の労力というか自分の出来る事の範囲内で最大限の効果が得られるものをその時々で臨機応変に選んでいるだけだから、やりがいやらやれなくて後悔というものはない、勿論これをやっておけばもっと儲かったのにと思う事もあるがデータの参考的に記憶処理するだけで感情は伴わない、別にどうでも良い。

つい先日9月18日、格闘家のYが41歳の若さで他界したとのニュースを見た、確か2年位前に発覚し再発での癌のようだ。詳しい事は分からないし彼の性格や私生活的な賛否は別として、傍から見れば健康的で強いイメージのあった彼のような人があっけなく逝ってしまうと更に自分も気を付けなければと思ってしまう。。。
実際会場で彼の試合も見た事もあるし盛り場で会った事もあるので余計に感慨深いものがある。
僕は昔から格闘技などが好きで良くPRIDEやK-1を観戦に行ったし、修斗や海外でもUFCやらオランダの大会やらも観戦に行った事もあるし、今も家で映画も好きだが格闘技も良く観ている。
このようにニュース等で知るレアケースがまさか自分の身に起こる筈もないと思う事はとても頭の悪い事だと思う、それは事件や事故であったり病気であったり何かの失敗であったり。
僕は18歳から人間ドックは毎年出来るだけ多くの項目を精度の高いであろうものを自己管理の確認作業としても受けるようにしている、結構な額にはなるがそれでも日本の人間ドックは値段的にも安くこれは世界的に見てもレベルは高いと思う、住んでいるイタリアとは比較にはならないから日本帰国時についでに受ける。MRA、MRI、CT、エコー、DWIBS、心電図、視鏡、マーカーや感染症や血液検査など検査項目は100項目以上見て貰っているし、若かりし頃発展途上国の更にローカルな場所にも行っていた事から受けられる混合ワクチンは大体今でも定期的に受けるようにしている。遺伝子による発症率も調べた。
幸い検査の結果も何の異状はない健康優良中年だ、ただ筋トレをしてる事でプロテインやアミノ酸やクレアチンを少し摂取しているので少しだけ高めの数値の項目もあるが範囲内だしそれは気にしてない。勿論毎年検査しているからと言って過信している訳でもない、受けた直後に癌発生するなんて事もあるだろうし検査では見付からないや見落としもあるのかも知れないから目安程度にするようにしている。
簡単な健康診断しかしていない人は毎年とは言わないが、2年に1度でも良いので精密な人間ドックは行った方が良いんじゃないかと思う、気付いてからでは遅いし手遅れなんて事もあるのかも知れないし当然金銭面でもその方が損失が大きいと思う、行ってない友人などにも口煩くない程度にいつもオススメしている。

最後に病気で病院に行ったのも16歳のインフルエンザの時だし、薬も最後に飲んだのは5年位前に風邪を引いた時に飲んだ漢方位なもんだ。別に風邪や不調にならない訳ではないが必要な栄養素採って養生すれば1.2日で治る。何とかは風邪引かないというより風邪を引いている事に気付かないって事もあるから、僕もその部類で気付いてない可能性も否めない。。。

身体を動かす事は好きだから健康の為ってよりは自然と楽しいからしている、小学校の時はサッカー、小学6年から中学終わりまではボクシング、高校からはキックやBJや総合をやっていて時期によっては行ったり行かなかったりってのはあるけど大人になっても気が乗れば通っている、別に本格的な感じではなく習い事程度だけど。後は山登りやハイキング、自転車、クライミングや水泳も好きだな。20代前半の頃付き合いでゴルフもやっていた事もあるがコースも1度も楽しいと思った事はなかったから僕の趣向には合わないかその楽しみを感じる前に辞めてしまったと言う事だろう。筋トレなどは中学の時から今でも最低週2回、何かに通ってない時は有酸素代わりにサンドバックかトレッドミルでランを週1回30分している、自分なりに無理なく続けられる範囲はコレくらいかなと、やり過ぎても逆に酸化や怪我もするし老化劣化促進させ寿命を縮める気がするし、所詮体は消耗品、特に腰や関節は消耗するから大切にしないとね。

寿命と言えば年々平均寿命は伸びている、昨年は男女共に香港が1位だが統計によっては中国に組み込まれているものもあるので、抜くと男性1位スイス81.2、女性1位日本87.1、男女平均1位日本84.2。女性は2位のフランスが85.7で1.4差、男性は同じ1.4差だと16位のイギリスまで入るから余り大差無いように感じる。日本が長寿な民族というより世界的に長寿になりつつあるし、日本は割と平均なのだろうけど、貧富の差が大きかったり移民が多い国に関しては富裕層は勿論の事だけど中間層と貧困層ではかなりの開きがある、例えばイギリスやアメリカの富裕層と貧困層では平均寿命15歳以上、健康寿命は20歳以上の開きがある、平均寿命で15歳差とはかなりのものだと思う、アメリカの男性では上位1%は87.3、下位1%は72.3、女性は88.8と78.5、最富裕層の男女平均は89.4歳、富裕層を見れば分かるが実は男女寿命差は性別的な特性ではなく喫煙や飲酒率の差であるともされている。
富裕層と貧困層では食事を含めた健康管理や医療に掛けられるお金も意識も労働や生活の環境や度合も違うから当然なのだろう、長寿になる秘訣はまずは1%の富裕層になる事も1つの手段なのだろう。勿論貧困層でも長寿の人は居るんだろうけど。
健康寿命も日本でも75歳と伸びてきている、生きていても病院や施設で寝たきりや介護が必要な状態だと寂しいから、極力1人で自活可能な状態で長く居たいと思うから多少運動や食事などそれに向けた生活スタイルは計画的に営みたいと思う。

長生きをする為の食事や運動や精神面まで含めた生活スタイルなどは統計として出ているから現在のそれをやるようにはしている。
例えば100歳を超えるような長寿の人の特徴は、男性165-168㎝/女性159-162㎝、小太り(BMI22-26)、男性は禿、FOXO3遺伝子型を持ちインスリン濃度低値、腰回りが細い、第一子目、居住環境に植物が多い、夢を良く見る(睡眠誘発ペプチドが少ない)、血液型B型、 血圧がやや高めの人(160-90前後)とかなのだろう。
ま、こういった事は様々な研究や分析やエビデンスが出て毎年のようにコロコロ変わるのが常で、昨年の真実が今年の嘘や極端が真逆の事が良しとされる事も多々ある。
習慣なんかも色々言われるが、昔から言われてるストレスが無い方が良いとは思う。

今長寿と言われている世代と僕では食事も環境も違うから同じような歳まで生きられるとは限らないし、逆に医療や化学が進歩し更に長生きできるかも知れない。
進歩による場合はやはりお金持ちから長生きできるようになるのは当然で、長寿の様々なテクノロジーを享受するのにはやはり情報力とコネとお金が掛かるのだろう。現在でもありがちな話だが臓器移植でも先端医療や薬でもそうなのだろう、今は臓器だって培養やらスペア作りビジネスも流行ってる、良くあるのは相手との遺伝子の掛け合せなども調べ適合率が高い臓器を保持する事、貧困国でお金の為に子供を産む事を仕事とする人もいる。数年前某御曹司がアジアで代理出産で20人の子供を作ったニュースなどもあったな、普通はもっと巧くやるのだろうけど。実際僕の知人でもこれで臓器移植をし成功させた人もいる、もっともこれからこんな事をしなくても培養できるのだろうけど彼らのような人種からすればフルでスペアが揃ってる状態は魅力的なのだろうし、乗せ換え的な事も出来る事を夢見ているのかも知れない。ギルガメシュや始皇帝からの最後の渇望を追うのは人の性か。

僕は毎日が楽しい、とても幸せだ、だから健康で長生きしてもっと楽しみたいと思ってる。
これから先60代には60代の楽しみ、80代には80代の楽しみ、100代には100代の楽しみがそれぞれあるのだと思う。
それだけだ、楽しく幸せならそれで良い。別に人生に特別な意味も大儀も求めてない、写真も墓も要らない。